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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)186号 判決

控訴人

福中久雄

右訴訟代理人弁護士

澤田脩

被控訴人

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

中本敏嗣

狩野磯雄

小林治美

村上可夫

清水敏之

岡本康司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  (本案前)

本件訴えを却下する。

(本案)

被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二  当事者の主張

次のとおり補正、付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示の補正

1  原判決二枚目表一二行目の「約した」を「約し、仲裁契約を結んだ」と改める。

2  原判決六枚目表一〇行目の「基づき、」の次に「国の委託を受けてするものであることを示して、」を加える。

3  原判決七枚目裏二行目の「七一〇〇円」を「一〇〇〇円」と改める。

二  控訴人の当審での主張

1(本案前の主張の補足)

(一)  本件売買契約は、被控訴人の委託を受けた訴外機構が所定の様式の契約書を準備し、これに双方が署名して成立したものであり、この契約書には特に前記引用した原判決摘示「被告の本案前の主張」記載のとおりの仲裁条項(以下「本件条項」という)が設けられていたのであるから、被控訴人側において本件契約に関する紛争につき第三者の仲裁により解決すべしとの意思があつたことは明らかである。他方、控訴人側においても、本件契約に際して、本件条項に異を唱えることもなかつたのである。したがつて、本件条項どおりの仲裁契約が有効に成立したことは明らかである。

(二)  また、本件売買契約は、大阪国際空港の周辺に関する国の政策と地区住民の住居に関する問題が前提になつているのであるから、その契約に関する紛争は、司法的解決に委ねるよりは、政治的その他の解決に委ねる方が相当と考えられ、本件条項が設けられたのも、まさに右の趣旨に出たものと解される。

(三)  しかも、本件紛争は、控訴人の主張では本件売買契約所定の履行期が延期され、いまだ到来していないというのであつて、その履行期到来の有無が争われているのであるから、右は、まさに本件条項所定の仲裁手続によつて解決が図られるべき「本契約に関する紛争」に当たる。

2(履行期の延期の抗弁の補足)

控訴人は、本件売買契約を結んだ際、転居先として茨木市所在の競売対象物件を予定し、訴外機構もこれを了承していた。ところが、右競売事件の進行が予想外に遅延したので、控訴人は、昭和五八年九月ごろ、右の旨を訴外機構(の職員伊関義雄)に申し出て、移転時期の延期を求めて交渉したところ、同機構はこれを了承し、そのころ、口頭で、本件売買契約の履行期を、控訴人が移転先を確保し移転可能となる時期まで延期する旨の合意が成立した。

3(契約解除の抗弁)

(一)  運輸省は、昭和六〇年一二月二〇日、大阪国際空港周辺の騒音対策区域のうち第二種、第三種区域を約四分の一に縮小する見直し案を提示し、近く告示する見通しとなつた。これによると、本件土地は、騒音対策対象区域外になる。

(二)  本件売買契約は、同空港周辺における航空機騒音による障害の防止等の目的に基づくものであるところ、右見直し案によりその目的を失うこととなるので、控訴人は、昭和六一年四月四日被控訴人到達の準備書面をもつて、本件売買契約を解除する旨意思表示した。

三  被控訴人の答弁

控訴人の当審での主張はすべて争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一本案前の主張について

〈証拠〉によると、控訴人主張のとおり、本件売買契約書(第一九条)には、本契約に関して紛争が生じ、協議して解決できないときは、公正な第三者を選定し、そのあつせん、仲裁等により円満な解決を図るものとする旨の本件条項のあることが認められる。

しかしながら、(一) 本件条項では、第三者の判断、提案に当事者が法的に拘束されることのないあつせん等の手続と、判断の内容が当事者を法的に拘束する仲裁(民訴法八〇〇条)とが併列、選択的に掲げられているにすぎず、最終的には常に仲裁手続によりうることが確保されている趣旨とは解しえないこと、(二) 加えて、右条項では、あつせん、仲裁等により「円満な解決を図る」とされているにすぎず、これをもつては、その手続で出される仲裁判断等の結論に服するとの趣旨であるものとは速断しがたいこと、(三) また、〈証拠〉によれば、右あつせん、仲裁等にあたるための機関が既に設置されているわけではなく、本件売買契約書その他には、右あつせん仲裁機関の指定、構成も、その選定方法の定めもないし、あつせん、仲裁等の手続についての規定も存在しないことが認められること(もつとも、民訴法七八八条、七九四条等に照らすと、この一事で仲裁契約の存在が否定されるわけではない。)、以上の諸点に鑑みると、本件条項は、本件売買契約に関する紛争につき、訴訟手続を排し、専ら(ないしは優先的に)仲裁手続により、且つその仲裁判断に服することによつて、解決する旨の定めであると解することはできない。

してみれば、本件条項の存在をもつては、当事者間に、民訴法七八六条以下にいう仲裁契約が成立したものとはなしえない。

もつとも、〈証拠〉によれば、前記本件売買契約書は、訴外機構の側で予め用意した所定様式の契約書を用いたものであることが認められるけれども、右の事実をもつては、前記判断を覆して、当事者間に仲裁契約が成立したものと認めることはできない。また、〈証拠〉中、当事者間に前説示のような趣旨の仲裁契約が成立した旨の部分は、他にその裏付けとなるような資料もなくたやすく採用しがたい。

そして、他に控訴人主張の仲裁契約成立を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の本案前の主張は失当である。

二本案について

1  請求原因及び履行期の延期の抗弁に対する当裁判所の判断は、原判決が理由二(原判決四枚目裏二行目から一一行目まで)に説示するところと同一であるから、これを引用する(但し、原判決四枚目裏五行目の「前出」を「成立に争いのない」と改め、同一〇行目の「文脈」の次に「及び証人伊関の証言(第一、二回)」を加える。)。

2  次に契約解除の抗弁について検討するに、控訴人の当審主張3(一)記載の事情をもつては、本件売買契約の解除原因とはなしえないから、控訴人の右抗弁も失当である。

三そうすると、被控訴人の本訴請求は正当であるから、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官道下徹 裁判官渡辺修明)

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